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宇川彩子を観に行きました





とんがりやまさんのレポート(いつもにもまして名文!)です。ありがとうございます。


 宇川彩子のインストア・ライブに行ってきました。
 私は以前「Air掲示板」に、彼女のCDについての感想をやや皮相な物言いで書きましたが、どうやら不明を恥じつつ大幅に修正する必要があるようです。

 最初に掲示板に書いた時点では、私は彼女について何も知りませんでした。その後、CDショップで『ウォーターメロン・マン』のプロモーション・ビデオを観たのですが、それでも評価を軌道修正することもあるまい、と踏んでいました。しかし、やはりナマで観なければいけませんね。この目で確認できた宇川彩子のステージは、やわな先入観を気持ちよく裏切ってくれました。

 4月23日午後3時、大阪・梅田のタワーレコード。ステージにはウッド・べースが寝かせてあり、例のプロモーション・ビデオが流れています(このビデオは、ライブの後でCD購入者に配られました。当然私も、サインと共にしっかり貰ってきました)。時間が来て、まずサックスの多田誠司が、続いてベースの塩田哲嗣が登場。この時点で、期待が一気に高まります。というのも、会場に着くまでは、ひょっとして出演するのは彼女独りだけであり、テープに合わせて踊るんじゃないだろうな、という危惧を抱いていたからなのです。宇川彩子のタップが「テープに合わせて」踊れる類のものではないことを、私はその直後に思い知らされることになります。

 まず1曲目は『Candy』。はじまりこそ集まった2〜30人ほどの観客も、演じる側も、共に軽いとまどいが感じられましたが、曲が進むにつれてまずサックスがノっていき、彼女も徐々に調子を上げていきます。サックス・ベース・タップという編成が、良い。CDでは最初の3曲にドラムスが入り、さらにピアノも加わって肝心のタップの音がしっかり聞こえない場面があり、その辺がCDへの評価を辛くさせたポイントでもあるのですが、今回のインストア・ライブでは彼女のリズム感をじかに確認することができました。続いて『Au Privave』『A Night In Tunisia』。2曲目で、すでに彼女の首筋は汗びっしょりです。

 レコード会社が作成した件のビデオの不満は、スローモーションの多用と、上半身しか映さないカットが多かったことにあったので、特に足元を注意して観ていたのですが、彼女のタップの醍醐味は「音楽に合わせて踊る」のではなく、むしろ「音楽を引っ張ってゆく」グルーヴ感にあると思います。事実、今回観たライブではタップから曲が始まる展開が多かった。これは、ドラムスがカウントを取って入っていくようなジャズ・コンボでの通常のやり方よりも、さらに高度なものと言えるでしょう。メンバー同士のコラボレーションがうまくいっていなければ、こういう入り方はかなり難しいのではないでしょうか。
 つまり、このユニットは「ジャズコンボ+タップ」という、事前に私が予測していたようなものとは次元が違う。彼女のリズムは共演ミュージシャンをしっかりノセるものであったし、ひとりの演奏者として全く対等に渡り合っていたのです。
 ジャズ演奏者としてのタップ・ダンス。それは、途中何度かあった対共演者との「かけあい」において一層白熱したものとなります。ベースが繰り出す複雑なリズムへの応酬、サックスのアドリブ・ソロに絡むときの「してやったり」と言わんばかりの笑顔。インプロビゼーションを命とするジャズならではのスリリングな音楽性を、彼女はその華奢な身体で見事に表現していました。

 決して大向こうを唸らせるような大技を繰り出すのではなく、あくまでも「音楽」に忠実であろうとする彼女のタップは、ダンサーとしてよりも、むしろミュージシャンとしてのあり方に近いのかも知れませんが、「ダンスと音楽との理想的な関係とは、本来こうあるべきではないのか」という説得力を持っています。CDのオビには<タップは聴く音楽。>というキャッチ・コピーがあり、「もともと音楽は聴くもんだろ」というツッコミを入れたくなるようなおかしな宣伝文句なんですが、「彼女のタップは音楽そのものだ」ということを、どうやらこのコピーライターは言いたかったのでありましょう。
 ここで慌てて付け加えますが、こうした見方は宇川彩子の「タップダンサー」としての評価をおとしめるものではありません。ジャズピアニスト山下洋輔の名言を引用すれば「スイングする為には相手と互角に殴り合えるだけの技術と力が要る」のであり、ノリの良いグルーヴを生み出すためにも「技術」は絶対に必要だからです。

 ラストの曲は、陽気な『St.Thomas』。CDのヴァージョンよりも、楽器編成がシンプルな分、ライブの方が断然良い。店頭での急造ライブだから、床の条件など必ずしも良いものではなかったはずですが、そんなことには関係なく、三者が一体となってスイングする瞬間など、何度ゾクゾクしたことか。彼女はタップを踊るためにジャズを選んだのではなく、ジャズを「演奏」するためにタップを選択したのではないでしょうか?そして、ジャズが最もいきいきとしているのは、言うまでもなくライブの現場に違いありません。

 結論。宇川彩子は、とてもキュートなジャズ・ミュージシャンであります。

(文中敬称略) 2000.04▲▽とんがりやま△▼



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